EXHIBITION & BLOG

#思考整理備忘録
2020-04-03 00:02:02
#行くはずだったLAABF2020
#行くはずだったLAABF2020

本来なら今頃、ロサンゼルスで搬入を終え、明日からの決起会をしているところだろうか。

 

ことの始まりは昨年の秋、小林茂太さんの展示期間中にまで遡る。いやもっと前、次回作の構想を聞き、色々と話していたときだ。デザイナーを探していた小林さんに、会ったこともないのに(そこのレーベルの本は入荷していた)素敵な写真集をつくるなぁと思っていたデザイナー・宮添浩司さんはどうだろうと勝手に勧めたのだった。そして小林さんはあっという間にアポをとって、宮添さんにデザインをしてもらうことを決めていた。その行動力には驚いた。そして昨年夏、東京にPOPUPイベントをしに行った際、二人で来てくれ少し話をした。その時、小林さんが海外のフェアにつくっている写真集を持っていきたいと言っていた。宮添さんと私たちも連れて行ってくださいよ〜とノリで話していた。そして、秋。小林さんの展示在廊中にLA ART BOOK FAIRのエントリーがはじまった。とりあえず出すだけ出してみましょうか?とドキドキしながら、英文をつくり応募したのだった(作業したのは小林さん)。それからしばらくして、応募が通ったとの連絡があった。ドキドキした。いつしか3人のスレッドが「待ってろLA」という名に変わっていた…笑。そして2月はじめ、新宿でこれから準備することなどを確認しあった。というよりは楽しみなことを話し合っていた感じで、最後に「次に会うのは羽田ですかね!」と言って別れた。

 

それからの状況はすでに全世界が知っての通りだ。新型コロナの影響により、LAABF2020は中止が決まった。

 

仕方ないこととわかっていても、残念な気持ちは湧いてくる。でもそれをぶつける先はない。無常にもGoogleMapには行きたいと思っていた場所にピンが差されたままだ。だけどこれで終わりではない。LAABF2020はオンラインで開催しようとする動きになっている。それに合わせ、私たちも何かできないかと例のスレッドが連日活発に動いた。予定通り小林さんの写真集は出来上がっている。それをこのタイミングでみてもらおうという流れだ。特典の栞は宮添さんがつくってくれた。物理的に行くことも会うこともできないが、せめてもとインスタのライブ配信も行うことにした。こんな時だからこそ、できることを考えたい。不思議とそのことを考えているときは、気持ちがしゃんとした。こんなときだからこそ、たのしいことを考えるのは大事だと思った。

 

TOKYO ART BOOK FAIRにも出たこともなく、ひとりではきっと海外のフェアに出ようなんてこと思いもしなかった。誰かと一緒に何かを目指してみるというのはひとりでは行けないところに連れて行ってもらえるのだなあと改めて思った。小林さん、宮添さん、本当にありがとうございました。

 

ということで前置きが長くなりましたが、2020.4.3 fri 20:00〜 インスタライブ配信行います!BOOKS f3のインスタをチェックしてください。小林茂太さんと2画面でお送りする予定です。宮添さんもコメントで参加してくれるそうです。小林さんの新刊『cairn』の予約受付も致します。よかったらご覧ください。

 

2020-04-03 00:43:49
誰かと何かをつくること
誰かと何かをつくること

「#行くはずだったLAABF2020」でことの成り行きを話しているが、今年LA ART BOOK FAIRに行くつもりだった。

 

小林さんと宮添さんが新しい本をつくっている様子をみて、なんだか自分も何かつくりたくなって、もう自分で制作することはないと思っていたのにZINEをつくろうと思い立った。ひとりでつくるのではなく、いつか一緒に何かできたらいいなと思っていたイラストレーター・Toshinori Mutoさんに声をかけた。LAABFに間に合わせる為、なかなか時間がない。ほぼ毎週ドローイングと写真を持ち合い、ZINEの方向を決めていった。誰かと一緒に制作をすることがないのでその作業はとても新鮮で、毎回発見がある。不思議と互いに持ち寄るものがカチッとハマるときがある。これにはこれだよね〜と。そこからまた次のアイデアが浮かんできたりとにかく楽しかった。トライアンドエラーを繰り返し、しっくりくるものを選んでいく。その「良いよね」という感覚が似ているのかもしれない。

 

そんなムトーさんはもし学生時代、同級生だったら、きっと話すこともなく過ごしていたと思う…笑。それぐらい、お互い通ってきたものも年代も違う。けれどこうして一緒にできたのは、互いにリスペクトを持っていたからだと思う。あぁ大人になると視野が広がって生きやすくなった…とこういうときにつくづく思う。こうしたい、これはどうだろう、それは違う、こっちがいい、そんな自分の意見を言うのが苦手な昔の自分だったらきっとやりたいと思ったことを口にできなかったと思う。

 

今だって苦手だけど、私の意見にいつもちゃんと耳を傾けてくれたムトーさん、ありがとうございました。

 

出来上がったZINEをみて、ちゃんと自画自賛できてよかった。やりたいことができたということはなんとも充足感がある。ものができるとその先を考えたくなる。展示をしたいとか…その構想はすでにあるので色々落ち着いたらぜひ実現したい。

 

LAもそうだしこのZINEもそう。今年はいままでやってこなかったことをやれている。それは決してひとりでは見ることができないものばかり。誰かと何かをするのはそんなに得意ではないのだけれど、たのしいと思える今日このごろ。

 

2020-03-27 19:53:00
要請の範囲
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新型コロナウイルスの分岐点ともいえるときが来ている。さらには東京オリンピックも延期が決まり、次々に新たな感染者が浮き彫りになってきている。連日報道されているニュースを注視せざるを得ない。いつになったらこれは収束しますと誰も決められない。見えないそれはじわじわと不安を増幅させていく。具体的な対応策が示されないまま、今週末、東京は外出の自粛要請がしかれた。食い止めるためにはその対応は必要なことだと思う。

わかっているつもりだが、いや実のところわかっていない。。

ニュースの情報は主に東京のことだ。自分のTLにも東京の人の投稿は流れてくる。その人たちは一様に休業を余儀なくされている。その自粛要請は東京でのことで、新潟にはその要請はいまのところ出されていない(新潟県知事は、東京への移動を控えるようにという発言にとどまっている)。どうもそこに意識の開きがあり、店の近辺は人が少ないながらも歩いていて、実際私は店を開けている。だが、すでに新潟も感染者が30名に達した。自分は絶対に感染しないなんてことはまったく思わない。むしろ自分も感染者になりうるし、自分を通して誰かに感染が拡大してしまうのではないかと不安になる。

正直休みたい。というか少し気持ちが疲弊しているという方が正しいかもしれない。私が心配性なだけかもしれないが、いま無理して開ける必要はないと思う。

その一方で、いまは展示をやっているから自分の都合だけでは決めきれない。その人にとっては時間をかけて辿り着いたものだと知っているから。それに加え、こうしたときだからこそ本を必要としてくれる人がいることも知っている。ただでさえ混雑するような店ではないので、十分注意した上でひとときの息抜きをしてもらいたいという思いもある。

もちろんしばらくの期間閉めるとなればそれは自分の収入に直結する。それは現実として立ちはだかってくるし、それでまた気持ちが萎えてくる。なんだかんだと言っても結局店は開けていたいのだ。でも、、でも、、と堂々巡りしてしまう。

答えは出ていないが気持ちの整理のために書いておかないと、なんだか気がめいってきそうだ。こんな風にうだうだと書き綴るくらいに自分が不安がっていることに正直ビックリしている。もっとドンと構えていられるのかと思っていた。経験のないことにめっぽう弱い。

 

 

 

2020-03-22 19:18:14
言葉
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世の中は言葉に溢れている。それは昔から慣れ親しんだものであるから、そこにあればつい読んでしまう。そしてその情景を思い浮かべる。もしそこに写真があったなら、見る見ないの選択肢の前に眼に入ってくる。それは往往にして誰かの視点を通してそこで起こったことである。読む行為と見る行為は似て非なるものであると思う。それが並列されることでその事柄はより強固なものにもなる。一方で知りすぎてしまうことでもある。

きっと私は知ってしまって、わからなさを漂えなくなるのが怖いのかももしれない。その余白を勝手に想像していたいのかもしれない。自分にとって、ある種の答えというか事実は知らなくていいことなのだろう。なんというか、写真というものの力を信じたいのかもしれない。

賑やかだった1日の最後、BGMも切った誰もいない店内で眼の前の写真に対峙しながらそんなことを思う。咀嚼し言葉にするにはどうにも時間がかかる。

2020-03-16 16:34:01
思い
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嬉しいことも嫌なこともいま言葉にしたら溢れてしまいそう。

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