EXHIBITION & BLOG

#思考整理備忘録
2019-12-11 00:14:26
ないものがある
ないものがある

12/19からはじまる写真展「山熊田」を前に、そこは見ておかなくてはと車を走らせた。道中この先で合っているんだよね…という不安を終始抱えながら山道を進んだ。集落は山に囲まれ、小さくまとまっていた。

亀山さんの山形での展示でお会いした、山熊田に嫁いだ大滝ジュンコさんに連絡を取って(久しぶりに電波が3Gだった)、シナ織の工房や小屋を見せてもらい集落をぐるっとした。ここにはスーパーもコンビニも信号もないけれど、人の営みをすごく感じた。薪ストーブのけむりが煙突からたなびき、ワイルドで野性味のある番犬がワンワン吠える、イタチがその辺にぼてっとなっている。歩けば「よぉ!何してるん」と声をかけあい、ちょっとあがらせてもらうと「珈琲飲む?」「みかん食べな」とすすめてくれる。ひょっと訪ねた私にもやさしい。

そしてないものは自分たちでつくる。そうやってつくられたものは、機能的で丈夫で手にすっと馴染んでいる。印象的だったのが、シナ布のシナの皮を糸にする途中の作業?で、お母さんが撚っている手さばきだ。思わず魅入ってしまった。本当に美しかった。

でもこの集落でもシナ布をつくれる人は少なくなってきている。とジュンコさんは言う。この技術も織も布も素晴らしいから残ってほしいと思うけど、言うは易しだ。昔からの手しごとは良いな思うし、好きで興味はあるが一体自分に何が出来るのだと帰り道考えていた。無邪気な好奇心はときにただただ迷惑だったりする。少しだけ関わることは中途半端でただの自己満足だ。そう思うと手伝いたいともまた来ますとも言えなかった。本当はそう言いたかった。もどかしかった。昔はもっと無邪気で無遠慮だったと思う。

そんな何にも出来ない私は、この集落の生業を写真に記録した写真家の写真展をすることしか出来ない。こういう場所があって、こんな生業があって、営みがあるのだとこの展示を通して知ってもらうことしか出来ない。この店はきっかけだから、その中のひとりでも何か伝われば良いと思う。何もできない私はそう願うことしか出来ない。

 

2019-12-01 23:29:54
日曜日のカウンター
日曜日のカウンター

今日は冬市。

いつもの日曜日より午前中から人出があった。久しぶりのお客さんと珈琲を飲みながら談笑。出店を終えたリリさんと談笑。ふらりと訪れたお客様も今日は本を買ってくれる人が多い。なんだなんだ嬉しいぞ。

 

そうこうして午後になり、ちょっと落ち着いたかなというタイミングで2人組のお客様がカウンターで珈琲を。少しお話をした感じ、おひとりが司書さんだった。本を取り巻く状況についてお互いついついちょっと想いが溢れましたが、その方が「本屋さんの味方でいたいんです」と言ってくれ、本を1冊買ってくれた。なんだかすごく嬉しかった。

 

そのあとはお久しぶりのお客さん方が同じタイミングで来店。日々の不満や思っていることを吐き出したり、いくつかの写真集を紹介したり、気付けば2時間くらい!各々が街のこと、写真のこと、作家のこと、仕事のことを思い思い話し、そこからまた次の話しへと移っていく。

 

たった3席しかない本屋のカウンターで、こんな会話に花が咲く。有意義で楽しいその空間をとても愛おしく思った。奇跡のような場面だけど、これがこの場所の日常で在りたいと思う。

 

覚えていたい日はこれまでも沢山あるけど、なんだかこうして書いておかないとさらさらと流れ落ちてしまいそうで。

2019-11-23 02:05:53
誰のためのそれ
誰のためのそれ

 

昨日たまたまFacebookで流れてきたイベントの告知をみた。

 

ゲストを見て、お!面白そうと詳細を見てみると週明けすぐのイベントだった。え、こんな面白そうな人たちが話すのにこの突貫工事みたいな告知は何なんだ。。正直イラッとしてしまった。自分もイベントを主催する側になるからこれはいつかの自分&これからやってしまうかもしれない自分への注意でもある。

 

これを書いているいま、Twitterでそのイベント名を検索してみたら2件のみがヒットした。Googleで検索してみても私はそれを見つけられなかった。私が知らないだけで、多くの人はもうこのイベントのことを知っていて、もちろん予定に入れています!ということなら、自分の情報収集能力のなさを恥じればいいだけだ。

 

だが、こうしたイベントをチラホラ見かける度、もやっとした気持ちになる。もちろん急に決まってしまうこともあるから全てが当てはまるわけではない。ただ、自分が目にしたそれらはどうもそもそも広く集客なんてする気がないように思える。一部の人たちの中で日程が組まれ、ある程度来る人もわかっている状態なので行われる。ならいっそ内々で済ませればいいのに。一般に向けささやかながらにも告知をするのなら、はたしてそのやり方でいいのだろうか。誰のためのそれなのか。やったという事実やその人を呼んだという実績だけがほしいなら他でやってくれ。しかもそういったものに時々予算がついていることがあったりして、さらにはぁと落胆して悔しい気持ちになる。

 

実際にその方々の話を必要としている人はこの街に暮らしながら何かを吸収したい、刺激はないかと探し、枯渇した想いを抱えている人ではないのだろうかと思ってしまう。外の世界のリアルな話は自分の凝り固まった考えをほぐし、広げてくれるし、何よりワクワクする。新潟でそういう機会に出合えることはそう多くない。だからこそそういうひとつひとつの種を蒔いていくことを疎かにしてはいけないのではないだろうか。第一線で活躍する人やものに直接会うと、こんな世界もあるのかとハッと気づかされる。だからできるだけ多くの人にそういうことに触れてほしいし、その機会を増やしたい。そんなこと言ってるお前は何なんだよ、とどの立場からかわからないがそんなことを思っている。

 

 

一体何が言いたいのかわからないけど、行き場のない言葉をとりあえずここに。

2019-06-30 17:10:34
諦めることで浮上する
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あるときから接客を諦めてしまった。

 

いまでも普通に接客はしているから、

こう書くと語弊がある。

 

でもやっぱり諦めてしまったのだ。

 

本を手に取ってほしいし、見てほしい、

そんな気持ちから「あれ良いですよ、これ良いですよ」と

色々出したり見せたりしていた。

もちろんそれを楽しんでくれる人にはいまもしている。

けど、それは反応があってのことだ。

 

自分が良いと思ったものを提示しつづけて、

それがハマらなかったら仕方がない。

だが、良いですね〜と言われたまま

本はまた本棚に戻っていく。

それが続いていくと、

あぁこの人はもう興味がないんだなというのが分かってくる。

そういう人におススメし続けるのは正直しんどい。

たぶん、おたがいに。

 

だから接客を諦めた。

最近はそういう人にもう自分からおススメすることはなくなった。

 

いやいや接客するのが仕事だよ!と言われればそれまで。

けれどそれ以上にいろんなものがそのとき折れたのだ。

 

そうなるとこの数年小さく小さく育ててきた自信みたいなものが

さらさらとなくなっていくのがわかった。

 

本をすすめて、否定されるのがこわくなった。

だからやめてしまった。

 

 

けれど、扱っている本に罪はない。

売りたい本ばかりだ。

そしてその本を必要としてくれる人に届けたい。

 

向いている方向を変えてみたら、届く人がいた。

その価値をわかってくれる人もいる。

伝えたら伝わってくれる人がいる。

 

そう思えたのはつい最近だ。

まだまだその実はわからない。

けれどやはり自分が良いと思ったものは良いと言い続けていきたい。

それがこの店で買ってくれる方への誠意ではないか。

2019-05-21 18:33:28
支える人
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ここ数年、5月は富山と群馬で本を中心にしたイベントに出店している。どちらも本当に気持ち良く、たのしく過ごさせてもらっている。もちろん本が売れるというのもある。が、何よりこれらのイベントを支えている運営スタッフが本当に良い人たちなのだ。

 

自分がこの規模のイベントを主催したらと考えるとできるとは思えない。。きっとすぐに焦ってイライラしてバタバタしてイベントを楽しむ余裕はないと思う。そしてそういう空気は全体の雰囲気をわるくする。。考えただけでたのしそうではない。。

 

でも富山も群馬のイベントも心地よい雰囲気が終始漂っているのだ。来ているお客さんも出店者も運営スタッフもみんなたのしんでいる。これってできそうでなかなかできないこと。こういう人のもとに人は自然と集まってくるんだなあと思う。

 

準備、当日、搬入、撤収、片付け、、、大変なことは山ほどあるけど、それを笑顔でこなすその人たちの姿に憧れる。今年もたのしい時間をありがとうございました。

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